かすかべ時遊帳

かすかびあんの時遊で気ままなブログです。

卒業:“したかった”卒業と“したくなかった”卒業、二つの卒業とは

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今週のお題「卒業」  

当たり前ですが、歳を重ねると「卒業」という言葉は、とても遠い昔のことのように感じます。

したかった卒業

私は、二つの大学を卒業しました。約50年前の最初の大学の卒業は、就職も決まり、これから社会人として“世に出る”卒業でした。

不安もありましたが、背広を新調してもらい、これから社会人として頑張るぞ、と希望を抱いていました。

ところが、当時は、学園紛争が華やかりし時代で、4年生になってからは、〇〇闘争と称して、ストライキが続き、挙句の果て、バリケードが張られ、学内に入ることさえ出来ない状態が続きました。

ノンポリだった私は、就職も決まり、これ幸いとばかりにアルバイトに精を出していました。

結局、試験は、全科目レポートのみとなり、卒業式も行われないまま巣立つことになりました。卒業証書は、4月になってから大学窓口に受け取りに行き、頂きました。とても寂しく感じました。

今と違って連絡手段も限られていたので、友人達とも会えないまま、卒業となりました。

今でも友人と会うと、「レポートだったので、自分たちは卒業できたんだよね」と言って笑っています。

「卒業式が無かった」という思いは、しばらく心の中に澱んでいる澱(おり)のように残っていました。

それから20年後の平成2年3月25日、「よみがえる卒業式」として、卒業式が無かったニ年度分の卒業式が行なわれました。 

当日は、3000人もの卒業生が出席したとのことでした。私も子供と一緒に出席しました。

式の最後に全員で校歌を合唱しましたが、思わずウルッとなり、その場面が取材に来ていたテレビの夕方のニュースで流れ、画面には、何と私のどアップの顔が。本当にビックリしました。

それでも、最初の大学卒業は、私にとって世に出る“ためのしたかった”卒業でした。

したくなかった卒業

最初の大学卒業から40年後、通信制ですが、再び学生になりました。今度は自分の好きなことを学ぶためです。

東日本大震災があった年、学びたかった歴史・考古学(文化財学)を学ぶため、学士入学で学生になりました。  

今度は、興味のある好きなことなので、レポート提出やスクーリングに熱心に取り組み、今までにない充実した時を過ごしました。

途中、足の怪我で留年を余儀なくされましたが、急ぐ卒業ではないのでのんびりと勉強していました。

学ぶことがこんなに楽しいことだとは思いもしませんでした。

一科目だけ残して最後の一年を過ごし、結局、3年かけて卒業しました。

そして、初めての大学の卒業式。「今度こそ、卒業式だ」とばかりに、背広を新調し、いざ卒業式に。

その日は、生憎小雨が降っていましたが、通学制の学生さんと一緒に卒業しました。

学びたいことが多く、「このまま学生でもっといたい」、と何度思ったことでしょうか。今でも当時の学友達と会うと「うっかり早まって卒業しちゃったね」なんて言って笑っています。

経済的、肉体的に許されるのであれば、卒業したくなかったなぁ、と今でも思っています。これは“したくなかった”卒業です。

 

最近、アイドルグループの影響か、仕事を辞めることを「卒業」と言っていますね。 

私も丁度一年前の3月、ある仕事を“卒業”しました。「仕事を退くことにこの言葉はちょっとね」、なんて言いながら今では平気で「仕事を卒業しました」と言っています。いい加減なものですね。

 

それから「卒婚」なんて言う言葉もありますね。結婚生活からの卒業なのでしょうね。何とか使わずに済むことを願っています。 

 

3月は卒業シーズンですね。多くはしたい卒業だと思いますが、中にはしたくない卒業もあるのかもしれません。

貴方は、どちらでしょうか?。

 

今回のお題が「卒業」だったので、調子に乗って思わず拙文を書いてしまいました。