かすかべ時遊帳

かすかびあんの時遊で気ままなブログです。

えっ!かすかべにも「みめぐり」さんがあった⁉

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今回の気になる神社は、かすかべで最も小さな神社(だと思います)、三囲稲荷社(「三囲神社」・みめぐりじんじゃ)

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小さな神社です。これだけです。眷属のキツネもいません。

寺町にある最勝院の前の交差点を左折し、妙楽院の先を右折、そのまま直進し、春日部中学校の正門の手前を左折、東武鉄道の金山踏切の手前の路地を右に入った所に鎮座する神社が三囲神社です。すみません少々わかりにくいですね。 

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春日部中学校 この前を左折。

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東武鉄道の金山踏切が見えます。踏切の手前を右折した所にこの神社はあります。

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この地域は、旧町名の「内出」というところ。

近くには、「陣屋」と言う地名もあり、代官が陣屋を出る時に、太鼓を打ったところから打ち出、転じて内出となった、と聞いたことがあります。

いずれにしても、かなり小規模な神社なので、ここを目当てに来る方はほとんどいないと思います。とにかく何もありません。

一方、東京にある同名の「三囲神社」は、結構知られた神社です。『おせつ得三郎』、『水神』などの落語の世界にも“三囲(みめぐり)”さんが出てきます。

それでは、まずは、東京の「三囲神社」のお話から。

東京の三囲神社は、浅草の対岸、いわゆる向島(墨田区)というところにあリます。

創建は、不詳とのことで、ご祭神は、「宇迦之御魂神」、いわゆる、お稲荷さんです。旧村社で、元は、「田中稲荷」と称した。

伝によれば、近江国三井寺の僧源慶が当地に遍歴して来た時、小さな祠のいわれを聞き、社壇の改築をしようと掘ったところ、壺が出土した。その中に、右手に宝珠を、左手にイネを持ち、白狐に跨った老爺の神像があった。このとき、白狐がどこからともなく現れ、その神像の回りを3回回って死んだ。三囲の名称はここに由来するという。

元禄6年(1693年)、旱魃の時、俳人其角が偶然、当地に来て、地元の者の哀願によって、この神に雨乞いする者に代わって、  

  「遊(ゆ)ふた地(夕立)や田を見めくり の神ならは」

(三囲神社の神様が五穀豊穣の神であるならば、どうか恵みの夕立を降らせて下さい)

と一句を神前に奉ったところ、翌日、降雨を見た。

このことからこの神社の名は広まり、松阪の豪商・三井氏が江戸に進出すると、その守護神として崇め、越後屋の本支店に分霊を奉祀した。(参考:Wikpedia)

三井グループ「三井広報委員会」のホームぺージには、

三囲神社の草創は定かではないが、社伝によると弘法大師の勧請によるという。南北朝時代、荒れ果てた社殿の再建に着手した際、地中から神像が掘り出され、白狐がその神像を三度回って行ったことから、「みめぐり」と呼ばれるようになった。

時代は流れ、元禄年間になると神社は江戸の大店・越後屋を営む三井家の守護社として信仰を集める。その理由は神社が日本橋から東北(鬼門)の方角に位置するため、「鬼門除けの神」として祀られたとされるが、三囲の「囲」の字は「井」を囲んでいることから、三井を守る意味で守護社とされたとも、俳人・其角きかくの雨乞いの霊験によるものとも伝えられている。

以後、三井家が主となり神社を支援しており、神社には三井家が奉納した石碑や石像・木像も多い。

弘法大師云々のところは、なんとも言えませんが、今でも三井グループが全面的にバックアップしている神社なんですね。

 

参考:【三囲神社】(東京)

宝井其角の話以外は、東京の三囲神社と同じ伝承を持つ神社が、かすかべの「三囲稲荷社(三囲神社)」です。

ご祭神、創建などは不詳とのことですが、稲荷社と言われているからには、やはり「宇迦之御魂神」なのでしようね。

郷土史家の須賀芳郎氏は、

三囲稲荷社【内出】
ご祭神は、不詳
由緒・沿革鎮座年月日は不詳
この稲荷社の鎮座地は、元は現在の春日部中学校の校庭にあった。昔は、高さ一・五メートル程で約十平方メートル位あり、赤松が数本生えていた塚があり、その上に鎮座していたが、中学校の建設により、現在地【東武鉄道金山踏切際】に移転した。
『伝説』によると、この『みめぐり稲荷社』は、昔、近江国三井寺の僧が靈夢に現れた祠を尋ねて、この地に来て祠を発見し、荒れていた祠を改築したと言う。その時、祠の下から「壷」が出土したので、蓋を取り中を改めたところ、右手に数珠を、左手に稲穁を持った神像が納められていた。僧は神像を取り出して拝んだその時、突然一匹の白いキツネが現われて、この神像のまわりを三度巡って、その姿が消えてしまったと言う。
「キツネ」は稲荷様のお使いと言われているところから、この神像は稲荷大明神であると信じて、この祠に祀ったと伝えられている。社の名称も、『三囲稲荷社』【みめぐりいなりしゃ】と村人等に伝えられたと言う。

また或る時、この祠の近くに住む老婆の家の前に、母キツネが倒れており、そこに子キツネが乳房を吸っていたのを発見して、老婆は憐に思って、この子キツネを拾って育てていたところ、不思議な事に、この子キツネは良く吉凶を知らせてくれるので評判になり、老婆は他人の運勢を占うようになった。

と言う話が伝えられている。

神社行事
字金山の付近の住民が、初午祭りを行なっている。

(『春日部の神社』須賀芳郎著、1996年)

と書いています。

「塚」とは墳墓(古墳)なんでしょうか。古墳の上に稲荷神社があるのはよく見られます。さきたま古墳の「稲荷山古墳」なんかそうですね。

さらに、「春日部市郷土資料館」のリーフレット「春日部の伝説『粕壁・豊春地区の伝説』」には、

今から600年前の室町時代のお話です。ある日、ひとりのお坊さんが今の滋賀県にある三井寺から春日部にやってきました。遠いところから来たお坊さんには、宿がありません。そこで、親切な村の人が家に泊めてあげたところ、この夜、お坊さんの夢に古びた社(やしろ)が現れたのです。

「きっとこの社を探せということに違いない」、そう思ったお坊さんは、村の人に手伝ってもらい、お社を探すことにしました。そして、とうとう草むらの中に古びたお社を見つけたのです。

 そのお社の下には、壷が置いてありました。不思議に思って覗いてみると、中にはキツネに跨がったおじいさんの像が入っています。そして、さらに不思議なことには、白い白いキツネが突然現れると、像のまわりを3回まわって煙のように消えてしまったのです。そこで、村の人々はこの神社を三囲神社(みめぐりじんじゃ)と名づけて大切にすることにしました。

 それから何年もたったある日のことです。三囲神社のすぐ近くに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。ある晩、そろそろ寝ようかと思っていると、トントンと扉を叩く音がします。「こんな時間にいったい誰だろう?」、おそるおそる扉を開けると、そこには、旅の男がいました。妻に赤んぼうが生まれるので、手助けしてほしいというのです。おばあさんは男の人と一緒にお産の助けに行きました。そして、おばあさんのおかけで旅人の妻は無事、元気な男の子を産みおとしました。けれど、翌朝もう一度同じ場所に行ってみると、昨日あったはずの家がありません。不思議に思ったおばあさんがおじいさんに尋ねると、おじいさんは「三囲神社のキツネが、人間に化けて助けを求めに来たのだろう」と言いました。  

 それからしばらくたったある日のことです。このおばあさんの家の前に、1匹のキツネが死んでいました。そのそばには元気な子ギツネが1匹寄り添っています。

「きっとこのキツネたちは、あの晩の母親と赤んぼうにちがいない」

 そう思ったおばあさんは、かわいそうな子ギツネを育てることにしました。 

 実は、このギツネは不思議な力を持っていました。おばあさんが質問すると、天気をあてたり、人の未来を占うことができるので、村のみんなから感謝されました。 

 この神社は古隅田川のほとりにありましたが、大正時代のはじめに今の場所に移されました。移されたばかりのころはもとの場所(現在の春日部中学校の校庭)に赤松が生えていましたが、今ではもう跡形もありません。けれど、東武伊勢崎線と春日部中学校の間にある三囲神社は、今も静かに春日部の歴史を見守っているのです。

とあります。この伝説は、紙芝居にもなっていて、子どもたちも楽しんでいます。

また、春日部中学校から内出耕地に流れる堀は、駒形堀と呼ばれていて、そこには、駒形橋も架かっていたそうです。「玉蔵院」にその橋柱の供養塔があります。

これらは、何を物語っているのでしょうか。どちらの三囲神社も創建は不詳と言うことですので、伝説なんて、と一概には言えません。偶然なのでしょうか、それとも…

 

この他にも、在原業平の「都鳥の伝説」、「梅若伝説」、そういえば、かすかべには、「業平橋まであります。

とても面白いと思いませんか。

須賀芳郎氏は、かすかべの三囲神社の伝説について、

この伝説を基に江戸時代の開拓者が開墾地のこの地域に建立した神社ではないかと思考される。

と言っていますが⁇

どちらが、オ“”ジナルか、興味は尽きません。カスカビアン(かすかべ愛を持っている市民のこと)としては気になります。

 

こんな小さな神社にも伝説があるかすかべは、とても面白いところです。

 

最後に、一言。

かすかべの三囲さんにも目を向けて欲しいなぁ、こちらも「三」の文字を囲って守っているのですが。あまりにも違い過ぎます。

 

【三圍稲荷社(三囲神社)】