かすかべ時遊帳

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あの日を忘れないためにも、一度は読んでおきたい本

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今日で東日本大震災の発生から丸8年経ちました。決して忘れられない日です。

今回は、あの日を忘れないためにも、一度は読んでおきたい本をご紹介します。

8年前の平成23年(2011)3月11日、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の揺れの中で「日本列島の地下で何が?」と思い、その時、この本のことを思い出しました。

それは、

大地動乱の時代―地震学者は警告する (岩波新書)

大地動乱の時代―地震学者は警告する (岩波新書)

 

 少し、物騒なタイトルの本ですが、著者は、地震学者で神戸大学名誉教授の石橋克彦氏。ご専門は、歴史地震、地震テクトニクス。

初版(紙ベース)は1994年。阪神・淡路大震災の前年。阪神・淡路大震災の後、著者の講演を聴講する機会があったので、思い入れが強い本です。

平成7年(1995)1月17日に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の後、当時、勤めていた会社のトップが、この本を読んでいて、著者の石橋先生のお話を是非聴きたいということで、お客様向けに講演会を開催しました。

先生のお話は、阪神・淡路大地震への言及は、まだ分析中とのことで、あまりありませんでした。ご専門のお話が多かったので、詳しくは覚えていませんが、一つだけ覚えているのは「大正関東地震(関東大震災)の震源が、神奈川県西部の小田原だった」と言うことです。

講演の中で、「小田原で強い地震が起きた時には、東京にも必ず大地震が起きる」と仰っていました。

この本は、阪神・淡路大震災の前年に出版されたもので、当然、阪神・淡路大震災のことは触れていません。

そんなご縁もあり、紙ベースの本を購入し、しばらく持っていたつもりだったのですが、転居の際に処分してしまったようで、読もうと思った時には、手元にありませんでした。再度購入をと、Amazonでも探しましたが、品切れ?とのことでした。

この本のことは、それっきり忘れていましたが、最近、そう言えば、あの本はどうなったんだろう、と再びAmazonで探すと、何とKindle版になっていました。早速、今回購入して読み返しました。

地上の動乱と地下の動乱 

ペリー艦隊によって江戸の城中と城下が大揺れに揺れ、幕末の動乱の幕が切って落とされたとき、関東・東海地方の海底では、もう一つの動乱ー大地の動乱ーも、まさに幕を開きつつあった。

アジア大陸の縁に位置する弧状列島日本へは、太平洋の海底の途方もない岩板が悠久の昔から絶え間なく押し寄せ、その下へ無理にもぐり込んでいる。地上の動乱のきっかけが海を渡ってきた歴史の必然だったように、地下の動乱も、この海底の運動の必然的帰結であった。そして、序曲はすでに奏でられていた。

とし、地震の話は、嘉永小田原地震から始まります。

黒船に開国を迫られた幕末の動乱期、関東・東海地方の大地の底では、もう一つの「動乱の時代」が始まっていた。嘉永小田原地震を皮切りに、東海・南海巨大地震がつづき、安政大地震が江戸を直撃する。そして、明治・大正の地震活動期をへて、ついに大正十二年の関東巨大地震にいたる。

嘉永六年の小田原地震は、

ペリー来航の約四カ月前、嘉永六年ニ月ニ日(陽暦三月十一日)、相模湾北西部沿岸の小田原を中心とする地方を、マグニチュード約七の大地震が襲った。

旧暦の二月ニ日、新暦では、何と三月十一日とのこと。まさに江戸時代の3.11。何という偶然。びっくりです。

著者は、ほぼ70年周期で発生した神奈川県西部の小田原に着目し、持論を展開しています。

そして、本著で著者が述べたいこととは、

関東・東海地方の大地震発生様式にもとづく一つのシナリオによれば、今世紀末から来世紀初めごろに小田原地震、東海地震、首都圏直下地震が続発し、それ以後首都圏直下が大地震活動期に入る公算が高い。これらの地震による首都圏とその周辺の震災、最悪の場合、従来とは質的に異なる様相を呈し、日本と世界に重大な影響をおよぼすだろう。そのような震災とその影響はもはや戦術的な対応では、軽減しきれないから、思いきった地方分権による分散型国土の創生に今すぐ着手すべきである。 

そして、さらに、

地震対策は、政治の世界ではプラス・イメージが薄く、やり甲斐のない仕事と思われているらしい。一般の人々も、楽しい人生や活力ある社会を築いていこうとしているのに、地震の心配ばかりさせられてはかなわないと感じる向きが多いだろう。これにたいして私は、個人レベルでは必要最低限の身の回りの地震対策を講じたあとはクヨクヨせず、いつぽう政治・行政はじめ社会全体が小手先ではない地震対策に全力をあげるべきだと考えている。

とも、書いています。

今から四半世紀前に書かれた本ですので、東日本大震災を経験した今、若干違和感をもつ部分もなくはないですが、一読しておいて損のない本です。kindle版で読めます。

そして、私は、読んでいませんが(すみません)、ご興味がある方は、こちらも。残念ながらこの本にはKindle版はありません。

原発震災―警鐘の軌跡

原発震災―警鐘の軌跡

 

「原発震災」、この言葉は、石橋克彦氏による造語です。石橋氏は、『科学』1997年10月号の論文「原発震災--破滅を避けるために」で、以下の危険性を指摘し警告しました。

地震が街に被害を及ぼすと同時に原発にも事故を発生させ、通常の震災に加えて放射性物質による被曝でも多くの人が死傷する。原発から大量の放射性物質が漏れ出すと、被曝を恐れ、地震被災地に救援物資や応援部隊を送り込むことができなくなる。交通網の寸断で避難も難しくなる。

この言葉は、今回の東日本大震災での福島第一原子力発電所の事故で現実のものとなりました。確か、石橋氏は、国会で参考人として意見を述べていたと記憶しています(もちろん大震災の前です)。

為政者はもちろん、関係する方々、マスコミ、そして我々国民も、「巨耳」(他人の進言や忠告、時には耳の痛い話にも謙虚に耳を傾ける)ではなかったということですね。

テレビで何度も繰り返された「何ミリシーベルト」、「直ちに人体に影響をおよぼすものではありません」と言う政府高官の言葉。そう言われてもねぇ。聞いているこちらは、にわかに信じることができませんでした。

そして「計画停電」。最初は「輪番停電」とか言っていたのにいつの間にか「計画停電」に。2時間程度の停電でしたが、街には明かりが消え、家ではテレビも視られず、電力の再開をただじっと待つだけ。昼間は、まだしも、夜は結構こたえました。何回あったのか忘れてしまいましたが、何のための「計画停電」だったのか未だによく分かりません。

なお、最近の報道によると福島第一原子力発電所事故の廃炉を含めた処理はあまり進んでいないようです。

続いて、この本

三陸海岸大津波 (文春文庫)

三陸海岸大津波 (文春文庫)

 

東北地方三陸海岸の津波を題材にルポルタージュ風に地方史としてまとめた小説家吉村 昭氏の本です。初版(紙ベース)は1970年。Kindle版があります。

この本は、明治29年(1896)の津波、昭和8年(1933)の津波 、そして、昭和35年(1960)チリ地震の津波の三陸海岸で発生した三回の大津波について書かれたものです。

当時の記録や証言を読んでみると、歴史は繰り返されるということがよく分かります。今回の大地震による津波は、田老町の巨大防潮堤も超える巨大な津波でした。自然の力は、人知も超えることを改めて感じさせられました。

 

「天災は忘れた頃にやって来る」し、そしてやはり「備えあれば憂いなし」です。また、「天災の後に人災がやって来る」(1656年公開の映画『台風騒動記』より)も忘れてはいけません。

 

この記事を書くことを随分悩みました。でも、こんな日だからこそ、忘れないために思い切って書くことにしました。

 

最後に、東日本大震災で尊い命を亡くされた皆様のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。そして、被災地の一日も早い復興を願っています。