かすかべ時遊帳

かすかびあんの時遊で気ままなブログです。

鹿島神宮の樹叢に「三笠山」があった⁉

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さらに、鹿島神宮の境内には、いろいろなスポットがありました。なにしろ東京ドーム15個分もあるので、とても広い境内です。

時間の制約があり、少し駆け足だったため、全てを見ることはできませんでしたが、気になったところをいくつか…

本殿をあとに、さらに進むと…

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奥参道・天然記念物鹿島神宮樹叢入口

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境内案内

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境内には杉の他、シイ、タブ、モミなど巨樹もあり、その数約600種にも及ぶ樹叢(じゅそう)は、茨城県の天然記念物に指定されています。なお、樹叢(じゅそう)とは、植生によらない、自生した樹木が密生している林地のこと。神社境内の社叢などに多ぃ。

空気が変わった?

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参道を行くと空気が変わったかように、少しひんやり…そして、厳かで、身が引き締まるような気持ちに…まるで別世界に入ったのような。

 

その樹叢に「三笠山」の文字が?

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鹿島神宮境内案内図

字が小さくてあまりよく見えませんでしたが、神宮入口の境内案内図には、「要石」の東の方に「三笠山」の三文字がありました。ほとんどの人は、気にも止めないと思いますが、私はとても気になりました。

奈良の春日大社の御神体がこの鹿島神宮から鹿に乗って行ったことを考えると「なるほど、そうかも!」と妙に納得しました。

春日大社を創建した藤原氏は、祖先の中臣氏のことを想い、奈良の春日大社の奥山も「三笠山」としたのかもしれません。鹿島神宮が元なのか?

なんて、あくまで妄想の類いです。妄想…

さざれ石

なぜ、ここにあるのか、よくわかりませんが。

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さざれ石

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拡大すると

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国旗について

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「さざれ石の由来」

説明の石碑は、残念ながら読めませんでした。

国歌『君が代』に「〜さざれ石の巌となりて〜」と歌われている「さざれ石」。溶岩の塊のようですが、小さな石の塊(かたまり)です。

「さざれ石」は漢字で「細石」と書きます。字のごとく、小さな石という意味で、学名を「石灰質角礫岩」と言います。
日本全国にある「さざれ石」の石質は様ざまですが、石灰石が長い年月をかけて風雨にさらされ雨水で溶解し、粘着力の強い乳状液が小さな石の隙間に凝結し、ひとつの大きな岩の塊になったものも「さざれ石」と呼んでいます。

『君が代』の歌詞中の「さざれ石(細石)」は文字通り、細かい石・小石の意味であり、それらの小石が巌(いわお)となり、さらにその上に苔が生えるまでの過程が、非常に長い歳月を表す比喩的な表現として用いられています。

因みに、国歌「君が代」の歌詞の由来とされる「さざれ石」は、岐阜県揖斐川町春日の「さざれ石公園」にある「石灰質角礫岩」とされ、岐阜県の天然記念物にも指定されています。(Wikipedia)

ところで、

少し話を横道へ

9月28日(土)に行われたラクビーW杯で、我が日本代表は、優勝候補ともいわれる強豪国アイルランドに歴史的な勝利を収めました。テレビ中継を視ていて興奮しました。

選手が入場する際、実況を担当したNHKの豊原謙二郎アナウンサーは、ゲームキャプテンを努めた南アフリカ出身のピーター・ラブスカフニ選手が君が代の「さざれ石の巌となりて」と言う歌詞の意味を聞かれ、「小さな力が集まって大きな力になる、今の私たちの全てを表している」と語ったことを紹介、また、解説を担当した元日本代表の廣瀬俊朗氏は「海外で生まれた選手たちがこうやって日本のことを理解し日本の為に戦ってくれることは本当に嬉しいことです」と、さらに、豊原アナウンサーは「外国出身の選手の皆さんは、君が代の練習や日本の歴史を学んでいるそうです」とも言っていました。

実際、スクラムを組む時は8人が一つの塊となるように練習していたそうです。まさに「さざれ石の巌となりて」ですね。そして「One for All」・「 One Team」の精神を見事に体現し、奇跡的な勝利となりました。

そして、「もう奇跡とは言わせない!」と言う豊原アナウンサーの名セリフが耳に残りました。「奇蹟」ではなく「必然」なんでしようね。

にわかラグビーファンですが、「さざれ石」の記述にラクビーW杯のことを取り入れてしまいました。少し強引だったかもしれませんが、お許しを。

鹿園

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案内板「神鹿について」

神鹿(しんろく)について

 古くから鹿は鹿島神宮の御祭神・武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)のお使いであると言われています。これは国譲(くにゆず)り神話で、天照大御神(あまてらすおおみかみ)に伝えに来られたのが、鹿の神霊とされる天迦久神(あまのかくのかみ)であったことによります。

 神護景雲(じんごけいうん)二年(西暦七六八年)、藤原氏が氏神である大神の御分霊(ごぶんれい)を奈良にお迎えして春日大社を創建するにあたり、御分霊を神鹿の背に乗せ奈良へと進みました。 

 その足跡(そくせき)は、東京都江戸川区の鹿骨(ししぼね)鹿島神社を始めとして、東海道を三重県の名張(なばり)まで言い伝えが残されており、この伝承から奈良の神鹿の起源は鹿島に求めることができます。

 鹿島の神鹿は長い間大切に保護されており、一時絶えた時期もありましたが、昭和三十二年、奈良と神田神社から神鹿を迎え現在の鹿園が開園されました。

膝折(ひざお)るやかしこまり鳴く鹿の声 

曾良

河合曾良(かわいそら)は松尾芭蕉の門人で、鹿島神宮を訪れた際にこの句を詠みました。 

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遠くからみた「鹿園」

案内板の通り、昔、御神体を鹿に乗せ、奈良に運んだことから、奈良と同じく、鹿島神宮でも鹿は「神の使い」として大切に保護されています。なんと言っても鹿島神宮と言う社名に「鹿」の文字が入っていますから。

そう言えば、サッカー⚽J1「鹿島アントラーズ」のチーム名「アントラー (antler)」は英語で鹿の枝角を意味し、鹿島神宮の神鹿に因み、枝角は茨城県の「茨」の字をイメージしているそうです。

なお、「鹿島アントラーズ」の選手の皆さんも毎年シーズン前に鹿島神宮に必勝祈願に参拝するそうです。

摂社「奥宮」

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案内板「奥宮」

正面には参拝の方がいらしゃったので、案内板のみ。画像は公式ホームページを。

↓↓

鹿島神宮 | 常陸国一之宮

 

摂社「奥宮」は、楼門から本殿の前を通り、東の方へ長く続く奥参道の終点、鹿園の先、右側に鎮座しています。

なお、この「奥宮」は、徳川家康により慶長10年(1605)に造営された国の重要文化財です。現在の本殿が造営される元和5年(1619)までは、この「奥宮」が本殿だったそうです。

また、本殿と同じように、奥宮の背後にも御神木と言える杉の巨木が立っています。

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大きさでは、本殿裏の御神木には劣りますが、それでも立派な杉の巨木。本殿の御神木に劣らぬ風格さえも感じられました。

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そして、杉の根元まで近づけるのも良いですね。早速手を当ててパワーを頂きました。

 大膾の碑

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大膾の碑

「鯰絵」では、武甕槌命が「要石(かなめいし)」に住まう地震を引き起こすと言われる「大鯰(大なまず)」を御する存在として描かれています。

こんな風刺画も。

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地震よけの歌 (wikipedia)

「地震のおかげで普請が増え、大工が儲けて大喜びしている」という、地震よけの歌にかこつけた風刺画(安政2年10月の瓦版)。ナマズを抑えるのは鹿島神ことタケミカヅチ。

 残念ながら、「要石」には行かず、ここで引き返すことになりました。

 松尾芭蕉の句碑

境内には、松尾芭蕉の句碑が二基ありますが、そのうちの一基。売店の脇にありました。文字はよく見えませんでしたが。

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松尾芭蕉の句碑

「此松の実生せし代や神の秋」(このまつのみばえせしよや  かみのあき)貞享4年8月の『鹿島紀行』の中の句が刻まれています。 

末社「熱田社」

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末社「熱田社」

御祭神は素盞鳴尊・稲田姫命

 

そして、こんなものも…

BS時代劇『塚原卜伝(つかはらぼくでん)』撮影ロケ地

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撮影場所「奥参道」

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撮影場所「奥宮」

『塚原卜伝』は2013年のドラマ。堺 雅人さんの主演でNHK・BSで放映されました。確か視た記憶があります。

↓↓

塚原卜伝 | NHK

塚原卜伝と言えば、戦国時代の剣の使い手ですね。剣豪の塚原卜伝は、鹿島神宮の神官の家に生まれました。

「塚原卜伝」については、詳しくは、鹿嶋市のこちらのサイトをどうぞ。

↓↓

塚原卜伝紹介

 

宮本武蔵の打ち込みを鍋の蓋で止めるシーンを思い浮かびます。

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武蔵塚原試合図(月岡芳年画)(Widipekia)

 

台風15号の影響による立入禁止の箇所があり、また、時間の制約のため、全てを見ることはできませんでした。

 

もし、再訪する機会があれば、ゆっくり観てまわりたいと思います。

 

小江戸と言われた佐原へ向かいます。

 

続く…