かすかべ時遊帳

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「常陸国一之宮・鹿島神宮」の本殿は北を向いて建っている⁉

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先月、9月24日(火)、「鹿島神宮」、「北総の小江戸・佐原」そして「牛久大仏」に、昔の仲間15人とマイクロバスで行ってきました。

まずは、6月1日(土)に放映されたNHKの番組『ブラタモリ・「“ちばらき”~“ちばらき”はニッポンの要!?~」編』で、タモリさんと林田理沙アナウンサーが訪れた「常陸国一之宮・鹿島神宮」へ。なお、『ブラタモリ』の撮影日は、4月2日だったそうです。

因みに、番組内で案内人を努めた國學院大學・考古学教授の笹生衛先生によると、“ちばらき”とは元々は地元で生まれた言葉で、千葉県と茨城県にまたがったエリアのことを言い、茨城県史にも”ちばらき”の記述があるそうです。

 

常陸国一之宮・鹿島神宮

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鹿島神宮

鹿島神宮は茨城県鹿嶋市宮中にある神社で、常陸国一之宮。 全国にある鹿島神社の総本社。創建は(伝)紀元前660年。

平安時代の『延喜式神名帳』には、伊勢神宮(内宮)、香取神宮鹿島神宮の三社が「神宮」と表記されています。 

御祭神

御祭神は、武甕槌大神(たけみかづちおおかみ)。また、鹿島神(かしまのかみ)とも呼ばれて、古くから信仰を集めてきました。

その他にも「雷神」と言う神格もあり、加えて「剣の神」、さらには、「相撲の元祖」とも言われるなど、まさにパワー溢れる神さまなのです。

最強の…

そして、日本神話では、天照大御神の命を受けて香取神宮の御祭神である経津主大神と共に出雲の国に天降り、大国主命と話し合って国譲りの交渉を為し遂げた、言わば神話の中の“タフネゴシエータ”とも言える存在です。

公式ホームページは、こちら

↓↓

鹿島神宮 | 常陸国一之宮

大鳥居(二之鳥居)

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大鳥居(二之鳥居)

人が写り込んでいたので、上半分のみ。

鳥居の形式はもちろん正真正銘の「鹿島鳥居」。昭和43年に竣工した花崗岩製の旧二之鳥居は、東日本大震災に続く余震で倒壊、その後再建され現在は、境内の杉で造った木製の大鳥居です。

大鳥居再建の様子は、こちら

↓↓

大鳥居再建 | 鹿島神宮

一之鳥居

「一之鳥居」は、霞ヶ浦の一部の北浦で、「大船津」と呼ばれるところの水上にあります。下記の『ブラタモリ』の画像で見られるように、水上鳥居としては日本最大とのこと。

古来、一之鳥居の建つ「大船津」は、水運による経済や文化の要衝であると同時に鹿島神宮参拝の玄関口であり、江戸時代に歌川廣重の『六十余州名所図會』にも描かれるなど、水上鳥居としてその景観が親しまれていました。

現在の「一之鳥居」は平成25年6月に竣工したもので、新日鐵住金株式会社(現日本製鉄株式会社)製の耐候性鋼材が用いられています。

川底からの高さ18.5メートル、幅22.5メートルで旧鳥居の約2.5倍という壮大なものです。

『ブラタモリ』の画像は、こちら
↓↓
NHKドキュメンタリー - ブラタモリ「“ちばらき”~“ちばらき”はニッポンの要!?~」

境内へ

ガイドさんから頂いたパンフレット

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ようこそ鹿島神宮へ
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鹿島神宮摂社末社等案内図

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手水舎

楼門

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案内板

国の重要文化財、寛永11年(1634)、水戸藩初代藩主徳川頼房公(水戸黄門・光圀の父)の奉納。日本三大楼門の一つ。

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鹿島神宮棟札

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表側には左大臣、右大臣。

楼門の裏側(左右共)には、「稲妻の文様らしき」ものが…

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左大臣の裏側

「武神・剣神」と言われる武甕槌命の基本的な性格は「雷神」とされています。神名の「ミカヅチ」は、「厳雷(いかづち)」「御雷(みかづち)」とも言われていて、楼門の裏側にあるこの文様から「雷神」としてのイメージがよくわかりました。

拝殿・本殿

拝殿と本殿に、とその前に、

古くから、まず「高房社」を参拝してから本宮を参拝する習わしがあるそうです。

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摂社「高房社」

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本殿の参拝の前にこちらへの参拝が古くからの習わし

拝殿・本殿は北向き?

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御祭神  武甕槌大神

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拝殿 横から

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本殿 背後には御神木が

『ブラタモリ』でも言及されたように、普通は参道の奥にあるはずの「本殿」は、鹿島神宮の場合、北を向いて建っています。その理由とは、

鹿島神は、もともとは常総地方(茨城南部、千葉北部)の土着の神であったと言われ、後に大和政権の東北進出に伴って、ここ「常陸国」が大和朝廷軍の対蝦夷(えみし)の最重要拠点となり、鹿島神宮は朝廷軍の前線基地として、また、鹿島神は朝廷軍を守護する「軍神」としてその霊威を大いに発揮したとされています。

そのため、鹿島神宮の本殿は北の方を牽制するかのように北向きに建っているそうです。

また、本殿の背後には、樹齢約1300年を超える御神木の杉の巨木があります。高さ約40メートル。本殿の裏に少しだけ見えました。

仮宮

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仮宮

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仮宮の説明

元和4年(1617)、社殿造営のため徳川二代将軍秀忠公が奉納。重要文化財。

 

これから先は「奥参道・天然記念物鹿島神宮樹叢」。

  

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台風15号の影響で、立ち入れない場所がありましたが、さらに参道を歩きました。

 

続く…