かすかべ時遊帳

かすかびあんの時遊で気ままなブログです。

粕壁宿の高札場跡と黒壁が印象的な浜島家住宅土蔵

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再び粕壁宿に戻ります。

かすかべ大通り(旧日光道中)の突き当たりの寺院、最勝院の右手前に高層マンションがあります。江戸時代、その場所には「高札場」がありました。

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ポール形式の案内板

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案内板が建っている辺りに高札場があった? 右上日光方面へ

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案内板の絵図  中央に高札場が描かれています。「高札」と言う文字もあります。町名は横町? そして寺町道、馬止?とも。ここで下馬したのかな?

高札場

高札とは、法度(はっと)・掟書(おきてがき)、罪人の罪状などを記し、人通りの多い所に高くかかげた札。室町時代からあったが、江戸時代に最も盛んに行われた。制札。立札。たかふだ。(スーパー大辞林)高札場は、文字通り高札を掲げておく場所。

なお、起源は、平安時代の初期にまで遡るという説もあり、明治の初めまで使われました。

高札場は、道の辻、宿場の出入口など多くの人の目につきやすい所に設置されていました。東京の「札の辻」なんて言う地名もここからきているようです。 

要するに公設の掲示板ですね。時代劇でもよく目にします。  

そう言えば、3月1日(金)にNHK・BSプレミアムで午後8時から放送された『小吉の女房』の中で、いわゆる「天保の改革」に伴う奢侈禁止の御触書が高札場に掲示されるというシーンがありました。ほんの一瞬でしたが、立派な高札場でした。

なお、御触書等は、紙に書いて貼るのではなく、直接板に墨で書かれたようです。

それにしても、当時の人々の識字力の高さに感心します。日本人の民度は、とても高かったんですね。

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高札場・浜島家住宅土蔵

(こうさつば・はまじまけじゅうたくどぞう)

この十字路は、明治22年(1889)の岩槻新道が開通してからのもので、それ以前は日光道中寺町通が分岐する三叉路だった。多くの人びとが集まる場所であることから、幕府からの触書(法令等)を掲示する高札場(高さ3.1m、幅4.6m、奥行1m)が設置された。通りの向かいにある黒壁の土蔵は、戦前まで佐渡屋の屋号で米穀商を営んでいた、浜島家の土蔵(国登録有形文化財)である。明治時代前期には建てられていたと推定され、1階は座敷、2階は使用人の部屋兼倉庫として利用された。  

      平成二十七年七月 

      春日部市教育委員会

高札場が置かれていた場所は、大橋(今の新町橋)のたもとで、粕壁宿の出入口付近であった場所。人通りも多く人々の一番目につきやすい場所だったことが伺えます。 

 

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浜島家住宅土蔵

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なかなかの迫力です

 

黒漆喰の土蔵がある浜島家住宅土蔵は、東日本大震災の前から保存修理が行なわれていました。以前は、白壁の土蔵でしたが、保存修理の際、当初の黒漆喰の痕跡が確認されたことから、外壁が黒色に復元されました。

地震の激しい揺れにも耐え抜き、隣の古い家屋も取り壊され、すっきりと黒色が映える土蔵となりました。

平成27年3月26日、市内で2例目となる国登録有形文化財(建造物)に指定されました。

 

文化庁のホームページ

登録有形文化財

平成8年10月1日に施行された文化財保護法の一部を改正する法律によって、保存及び活用についての措置が特に必要とされる文化財建造物を、文部科学大臣文化財登録原簿に登録する「文化財登録制度」が導入されました。

国指定文化財等データベース(抜粋)

時代:昭和前

年代:明治前期/昭和37改修

西暦:1868〜1882/1962改修

構造及び形式等:土蔵造2階建、瓦葺、建築面積50㎡

登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの

解説文:旧日光街道沿いに建つ、もと米穀屋の座敷蔵。外壁を黒漆喰塗とし、桟瓦葺屋根の鬼瓦に影盛を施すなど関東地方の土蔵造の特徴を示す。南面二階窓の庇は起り付の切妻屋根で銅板葺とし、懸魚を吊る。旧粕壁宿の商家の数少ない遺構で、往事の面影を伝える大型土蔵。

登録年月日:2015.3.26(平成27年3月26日)

 

また、三叉路の向かいにあった商家(現在スポーツジムや第9保育所等になっています)に、明治33年(1900)に鷹狩のため来訪した晩年の徳川幕府第15代将軍徳川慶喜が宿泊したそうです。

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突き当りが最勝院 、その左手辺りに徳川慶喜が泊まった商家があリました。