かすかべ時遊帳

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“傳”芭蕉宿泊の寺「東陽寺」

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粕壁宿の入り口、一宮交差点の直ぐ北には、松尾芭蕉と弟子の河合曾良が泊まったという伝承を持つ曹洞宗医王山東陽寺(そうとうしゅう・いおうさん・とうようじ)
というお寺があります。 

曹洞宗医王山東陽寺

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曹洞宗医王山東陽寺

ご本尊は薬師如来坐像。脇仏は日光菩薩立像と月光菩薩立像。作者、年代等は不詳。

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「"傳"芭蕉宿泊の寺」

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カワイイ!お地蔵さん?

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六地蔵

 縁起・沿革・由来

「ふるさと春日部『春日部の寺院』須賀芳郎著 1996年」によると

『新編武蔵風土記稿』には、禅宗曹洞派足立郡片柳村万年寺末、医王山と号す。古は大寺なりしが、永禄年中焼失の後衰微せしを、寛永年間、熊厳といへる僧再建せり、因って是を中興開山とす。同19年10月示寂。鐘楼万治元年鋳造の鐘を掛け、秋葉社、金毘羅社・観音堂。と記されている。 

※開基は寛永9年(1632年)に入山の熊巌呑藝(ゆうがんどんげ)和尚。
※新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふどきこう)

昌平黌地理局総裁林述斎(はやしじゅっさい)編。全265巻。武蔵国の総国図説から建置沿革、山川、名所、産物、芸文と各郡村里に分かれている。文書や記録も収録され、村の地勢、領主、小名、寺社、山川や物産等の記述は、詳細で正確である。幕府官撰の地誌として武蔵国研究にとって重要な史料。《大日本地誌体系》所収。なお、大日本地誌大系(だいにほんちしたいけい)とは、江戸幕府が編集した国内地誌の集大成である。[神崎章利](『日本史大辞典』第三巻(平凡社、1993年))。 

また、 

『武蔵国郡村誌』には、粕壁宿の東方字新々田にあり、曹洞宗足立郡片柳村萬年寺の末派なり。開基未詳。と記されている。

※武蔵国郡村誌(むさしのくにぐんそんし)

明治8年(1875)6月5日付けの太政大臣三条実美の示達に基づき、全国的に地誌の編纂が行われた。

埼玉県では、時の県令白根太助のもとで調査が実施され、取りまとめのうえ地理寮に差し出した。郡村誌は、この副本(原本は、関東大震災で焼失)であり、全103巻から成る。現在は埼玉県立文書館に保存されている。
その内容は県下全域の地誌であり、記載事項を見ると、往時の郷庄領名、疆域、幅員、管轄沿革、里程、地勢、地味、税地、飛地、字地、貢租、戸数、人口、牛馬、舟車、山川、湖沼、森林、道路、提塘、神社、仏寺、役場、学校、郵便局、古跡、物産、民業などの項目にわけて、村々の実態を順序正しく、かなり詳細に書きあげている。
(『研究紀要『』第20号、埼玉県立歴史資料館、1998.3.27 p41〜p42。『武蔵国郡村』に見える比企の物産、1.郡村誌の成立)

寺の伝記

寺の言伝えによると、この寺は文明年間(1475)頃の創建で、現在の八幡公園付近(『新編武蔵風土記稿』の中に寺迹(てらじ)と称する字があった)で、古文書にも、東陽寺屋敷の文字が記されている。故老の伝えるところによると、この辺り(寺迹辺り)に行基菩薩の作と伝えられる薬師如来像が忽然として出現し、霊験あらたかで眼病を始め種々の病平癒祈願の参詣者が多かったという。
文禄年中(1596年)頃焼失し衰微して一時期は消滅したが、寛永2年(1625年)足立郡片柳村の萬年寺の六世熊厳和尚が現在地(今の東陽寺)に再興されて、開山僧となったという伝えが残されている。

注:伝えられる薬師如来は、一時期東陽寺に安置されたが、(元の寺迹)付近に災厄があり、住民が薬師如来は、出現した場所にお返しするべきであるとして、今の浜川戸薬師堂に、お祠りしたと伝えられている。 

浜川戸薬師堂 

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春日部久喜線を少し入ったこの辺りが寺迹? 正面の建物が「浜川戸薬師堂」

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「浜川戸薬師堂」

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堂内

中央「薬師如来坐像」、左和脇侍(向かって右)「日光菩薩立像」、右脇侍(向かって左)「月光菩薩立像」、手前には十二神将も。かって東陽寺に安置されていた薬師如来なのでしょうか?

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「八幡公園」

この下に、平安・鎌倉時代の武将春日部氏の館跡?と言われる「浜川戸遺跡」があります。

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「浜川戸遺跡」

この辺も「浜川戸遺跡」? 高いところは浅間社。

 

なお、この寺の檀家は、宿場の商家や下組以東の百姓と、学者や知識人の菩提寺とのことです。

 

境内には、松尾芭蕉ゆかりの石碑があります。それは次回に。