かすかべ時遊帳

かすかびあんの時遊で気ままなブログです。

大晦日にお神輿!?

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  春日部に引っ越してきた年の大晦日、夜中12時近くに、聞こえてきたのは、除夜の鐘音ではなく、「トントコトントコ」という軽やかな太鼓の音と威勢のよい掛け声でした。一瞬、「えっ何?、えっもしかしてお神輿?」、そうなんですお神輿でした。

 太鼓とお神輿の掛け声は、かすかべ大通りを高層マンションの交差点を右折し、新町橋を渡り、次の信号の先にある「八坂香取稲荷合社」の方からでした。

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拝殿

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本殿

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  合社とあるのは、八坂、香取、稲荷の三神(はしら)が一緒に相殿(合殿)されていることから合社とされています。

  この神社は、室町時代永享(えいきょう)元己酉年(1429)下総国一宮香取神社を勧請したと伝えられる。お隣の仲蔵院より古いようです。

   社蔵の棟札や嘉永(かえい)3年(1850)の「鎮守香取大明神来歴」によると、永禄(えいろく)元年(1558)別当を務めていた真言宗神林山仲蔵院住職秀宥(しゅうゆう)により再建されたとされます。

 その後当地が武蔵国葛飾郡となった頃より、相殿に八幡大菩薩を勧請し、共に当村の鎮守産土神(ちんじゅ・うぶすながみ)として祀った。現在の社号にある八坂と稲荷については末社として祀られたもので、江戸時代までは当社が別当仲蔵院境内に鎮座する形になっていたが、明治時代になって境内が独立したと思われます。

  明治36年(1906)上地林(じょうちりん)の境内編入に合わせて、三社が合殿(相殿とも)とされた。明治45年に字樋籠(ひろう)の香取神社とその境内社が合祀されたとのこと。

 御祭神は、以下の三神(みはしら)です。

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八坂素戔嗚命(やさかすさのおのみこと)

素戔嗚命天照大神の御弟神八岐の蛇(やまたのおろち)を退治されたことで有名です。この神様の別名を牛頭天王(ごずてんのう)と呼ばれているところから天王様と呼んでいます。」この神様は、厄病除けや災難除けの御利益があるとされています。

香取経津主命(かとりふつぬしのみこと)

「日本の建国に大功を立てられた国家鎮護の神様であります。」経津主命武甕槌神(たけみかづちのかみ)と同じく、火の神・軻遇突智(かぐつち・愛宕神社の祭神)の死の際に生まれた神で、霊剣の神とされています。剣が物を斬る音を表す「ふつ」という古代語があります。これは、現在の「ぶっつり」「ぷっつり」という言葉に繫がるもので、剣が物を斬る音を神格化した神がこの神様です。つまり「悪霊を斬り退けてくれる神」という意味の神様です。そのためこの経津主命は武芸の神ともいわれています。

稲荷豊受姫命(いなりとようけひめのみこと)

「生命の下になる米の生成をお守りになり、又商売繁盛にも優れた御神徳を輝かしておられます。」この神様は、伊勢神宮の外宮の御祭神です。外宮は、伊勢神宮の御饌(みけ)の神だとされ、御饌、即ち天照大神の食物の調達を請け負った神様がこの豊受姫命とされています。この神様は、本来は天照大神の家来の神でしたが、中世以降、農民たちの農耕神としてこの神様への信仰が高まり、外宮が内宮と並んで伊勢参りの目的地とされました。

 タケジイが好きな朱い鳥居。

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  朱い鳥居は、明治21年(1888)の建立で、笠木(かさぎ)が反って、反増(そりまし)があり、また、台輪(だいわ)、額束(がくつか)が付き、足は4本。この形の鳥居を両部鳥居(りょうぶとりい)と呼ぶそうです。安芸の宮島厳島神社の鳥居に似ています。

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  また、奥のコンクリート製の鳥居は、昭和26年(1951)の建立。付属品がなく極めてシンプルな靖国鳥居(やすくにとりい)の形です。そういえば名前のように、東京・九段の靖国神社の大鳥居に似ています(それぞれ規模は全く違いますが)。

 そして、狛犬。立派な狛犬です。下のほうに子供(?)の狛犬がいます。面白いですね。阿形(右)は明治23年(1900)4月建立、型は子落し、吽形(左)は元治元年(1864)3月建立、型は身構え、石工(いしく)は、地元八丁目村新町の徳島寅松。徳島寅松は、幕末から明治期の石工で、白岡市高岩天満神社杉戸町清池の八幡神社同町堤根第六天神香取神社宮代町東五社神社(二対)に作品があるそうです。また、台座には、右に「新」、左に「町」と彫られています。この地は、八丁目村字新町という字名なんです。新町橋という橋名は、そこからきているのでしようか。

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  この神社では、大晦日、元旦祭として年をまたいで祭礼が行われます。

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元旦祭の準備も

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圧巻は、勇壮な千貫神輿

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  この写真は、夏の祭礼の時に撮影したものです。この神輿が年をまたいで宮出し、宮入りされます。

  最後に、仲蔵院の入り口にある三猿です。カワイイ‼︎

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仲蔵院

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隣には、地蔵尊

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それでは、良いお年をお迎えください。

 

【八坂香取稲荷合社】

 

 

 ※この記事を書くにあたっては、「埼玉の神社北足立、児玉、南埼玉」(埼玉県神社庁)、「春日部の神社」(須賀芳郎著)、「狛犬探訪」(久保田和幸著、㈱さきたま出版社)を参考にさせて頂きました。